『茜色に焼かれる』
2021年製作/日本映画/上映時間:144分/R15+/2021年5月21日日本公開
監督:石井裕也
出演:尾野真千子
和田庵
片山友希 ほか
『舟を編む』、『町田くんの世界』などの石井裕也監督がメガホンを取り、『そして父になる』などの尾野真千子が主演を務めるヒューマンドラマです。
世知辛い世の中で、時代に翻弄されてきた主人公が、愛する中学生の息子と共にたくましく生きる姿が描かれます。
あらすじ
田中良子(尾野真千子)は生きづらい世の中で逆風にさらされながらも、13歳になる息子・純平(和田庵)の前では胸に抱えた哀しみや怒りを見せずに気丈に振る舞っていた。一方の純平も、屈辱的な出来事に耐えながら母を気遣っている。二人はもがき苦しみながらも、あるものだけは手放そうとしなかった。
(シネマトゥデイより)
コロナ禍を生きる1組の母子の姿を移しだした尾野真千子主演のヒューマンドラマです。
息子をドラマ「隣の家族は青く見える」などの和田庵が演じるほか、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏などが共演。
Netflixにて鑑賞。
初めての鑑賞になります。
Amazonプライムビデオでは近日中に見放題終了とのことで、Netflixはそのような情報は無かったのですが、終わってしまうと見逃すのがもったいない映画だと思い(2021年の日本映画でかなりの高評価でした)、長めの上映時間とR15+指定というのが気になりましたが、今鑑賞終わりました。
1組の母と息子がいる。7年前、理不尽な交通事故で夫を亡くした母子。母の名前は田中良子。彼女は昔演劇に傾倒しており、お芝居が上手。
中学生の息子・純平をひとりで育て、夫への賠償金は受け取らず、施設に入院している義父の面倒もみています。経営していたカフェはコロナ禍で破綻。花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで息子はイジメに遭っています。
数年振りに会った同級生にはふられた。社会的弱者・・・それがなんだというのだ。そう、この全てが良子の人生を熱くしていくのだから。はたして、彼女たちが最後の最後まで絶対に手放さなかったものとは・・・?
2021年の日本映画賞は本家アカデミー賞で作品賞候補になり、最優秀国際長編映画賞を受賞した、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』の独占でしたが、それに一矢報いた映画が本作と言っていいと思います。
第95回キネマ旬報・日本映画ベストテンで第2位、尾野真千子さんの主演女優賞、和田庵さんの新人男優賞。
写真の第76回毎日映画コンクール・日本映画大賞で、俳優部門・女優主演賞に尾野真千子さん(左から3番目)、スポニチグランプリ新人賞に和田庵さん(1番左)、片山友希さん(1番右)を受賞。
・・・ちなみに、この映画は朝日新聞が製作しております。
本作と関係無いことですが、この年女優助演賞に『護られなかった者たちへ』(近日中に鑑賞予定)の清原果耶ちゃんが受賞しております。(左から2番目)
さらに余談ですが、同じく『護られなかった者たちへ』で男優主演賞を受賞した佐藤健さん。
佐藤健さんの代表作(・・・と自分は思っている)「仮面ライダー電王」で佐藤健さんが演じた野上良太郎、本日12月26日が誕生日です。(1988年生まれという設定)
「良太郎の誕生日にお前が泣いた」。
「ほれ、プレゼントや」。
不謹慎な言い方になりますが、震災が無ければ作られなかった映画も多いです。(『護られなかった~』はそのような内容のようですね)
本作はまさにコロナ禍真っ只中に、その人と人との壁やマスクをして顔の見えない怖さのようなものを石井裕也監督、上手く描き出した映画のように感じました。
今は落ち着いてきたとは言え、あの息苦しかったときのことは忘れられない人も多いと思います。
そのな世知辛い世の中をもがき苦しみながら生きるシングルマザー・良子の姿を描いたすばらしい作品です。
冒頭5分ほどでオダギリ・ジョーさんが自動車に跳ねられて死んでしまいます。
「空我がなぜ死ぬのか?」(ライダーの話しはもういいよ)は冗談ですが、運転していた老人がアクセルとブレーキを踏み間違えた・・・。
誰もが2019年4月の東池袋自動車暴走死傷事故(事件?)を思い起こさせる作りになっております。
「賠償金は運転手では無く保険会社から支払われる」というセリフまであります。
・・・また、コロナ禍で風俗店へ行けないリスナーのお悩み相談で大問題になった吉本興業の大物芸人がおりましたが、濃厚接触をしないとうたい文句にした性風俗店で働く(働かざるを得ない)年ごろの子どもを持った主人公の姿が切なく感じます。
世の中にはルールが存在します。
本作はその人間が決めたルールによって苦しめられてしまう母子の物語だと思いました。
良子の夫を即死させた老人はアルツハイマー病を患っていたという理由から刑務所には入らず。
身分の違いからお金で何事も解決しようとする老人や家族は人命を奪ったにもかかわらず、謝罪の言葉すら無い・・・。
良子が働くホームセンターの花屋。
枯れてしまう花は捨てずに持ち帰りが今まではできていたのですが、コロナ禍の影響からか、上司から「上からの指示です。処分してください」と言い渡されます。
また、公団住宅に住む良子と息子。
ある日、虐めに遭っている息子はイジメっ子が嫌がらせで家に放火。
被害者にもかかわらず、住民に迷惑をかけたという理由から公団を追い出されてしまいます。
ルールを守らなかった者は保護され、ルールを守り続けた母子は理不尽な仕打ちに遭ってしまう。
ここで例えに出すのはおかしいかもしれませんが、少しAKB48を少し思い出してしまいます。
お名前を出すのは伏せますが、ルール違反した人が総選挙1位に輝き、ルールを守り続けたまゆゆは、とても残念な結果になってしまいました。
「正直者が馬鹿を見る」。
本作はそれを痛烈に映し出していたように感じました。
主人公の田中良子を始め、共感できる人物があまり登場いたしません。
ただ、良子を不幸で悲劇のヒロイン的に描かなかったところが逆に良かったように感じました。
彼女と関わる男たちは少し典型的なダメ男に描かれてしまっておりましたが。
ただ、永瀬正敏さん演じる風俗店の店長がカッコ良かったです。
裏街道を歩む男なので善良な人物では無いのですが、逆にそのような人間こそ人の心の痛みが分かる。
理不尽・不条理な世の中にあるからこそ、陽の当たる場所を歩けない人物が良子のような苦しむ人間の背中を押してあげなければいけない。
そのように思いました。
観ていて途中から涙が流れ始めました。
感動と言うより悔しさからのように思います。
それくらいマスクをしているくらい息苦しかった感覚でした。
良子の口癖「まあ、頑張りましょう」。
この言葉が励ましにも絶望にも感じてしまいます。
どちらかは観る人それぞれ捉え方が違うと思いますが、ラストシーンにだけ、ほんのわずかですが希望のようなものを感じました。
観ていて気分の良くなる映画ではありません。
なので、あまりオススメはいたしませんが、重みのある内容で、尾野真千子さんの演技もすばらしいです。
社会的弱者が見下されない世の中など理想郷かもしれませんが、階級関係無く死は誰にも訪れます。
コロナ禍という中、とてもチャレンジングなオリジナルシナリオで力作を製作した石井裕也監督にはあっぱれだと思いました。